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ウエイクアップの山田希です。

今年の大河ドラマの主人公は徳川家康。
名古屋が故郷の私にとっては
幼き頃から刷り込まれた東海地方中世
三大英雄の一人です
(残り二人はもちろん信長と秀吉)。

ここ十数年ほど、大河ドラマはあまり
見なくなっていたのですが、今回は
山岡荘八版の徳川家康とは、特に
多くの本で大体は悪妻として
描かれている築山殿の解釈が違うという
ことで興味を惹かれてみていました。

放送がされた前月には
「なるほど、そう来たか・・・!」
という運びに唸り、
そこからの本能寺の変、そして
天下人を目指すというストーリーは、
これまでの解釈よりある意味
説得力があり、これまで私が抱いてきた
家康の定型イメージを変えてくれる
ものとなりました。

歴史上の人物やそれにまつわる逸話などは
繰り返し小説や映画、TVドラマなどで
取り上げられ、家康といえば狸おやじ、
などある種のイメージが
作り上げられています。

逸話や残された書物などから当該人物の
人となりを想像し、人物像を作り上げ、
それが史実と相まって歴史上の
物語となったときに、単なる事実の羅列
ではない、生き生きとした人間関係や
その感情の機微、動機などが
浮かび上がってくるものです。

しかしさらにその背景を見ていくと、
その書物や逸話を残したのは
どういう人物で、どんな体験や
背景を持ち、なぜそれらを選んで
書き残したのか、どういう意図や目的が
あったのかというところまで見ていくと、
表層だけでは分からない物語が
見えてくることもあります。
これは歴史だけでなく、現代であっても
当てはまります。

むろん、結局は様々な断片をどう解釈し、
どうストーリーとして組み立てていくか
であり、どこまで行っても
本当にはどうだったのかは分からない
ものかもしれません。

未来は予測しがたいものですが、過去も
また解釈で変わるもの。

ちなみに私は狸おやじ家康よりも、
今年の大河ドラマにあるような、
人生の岐路に立たされて情けなく
迷ってばかりいる家康の方が好きですが、
もしかしたら今の時代にはその方が
共感されるからか、はたまた
自分個人の好みなのか、どちらでも
あるような気もしています。

歴史にはIF(もしも)が付き物ですが、
常ならざらぬこの世で今の時代は、
そして私たちは
どんなストーリーに惹かれるのか?
そしてそれは背後に何があるから
なのだろうか?
家康に触発されて思いを巡らす8月です。

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